Ｏ君のそろばん
１
５年の時だったかに一つの出来事があった。 ある日の午後、もう放課後のことだったと思うが、私は学校の廊下で４〜５人の同級生の一団が来るのに出会った。 その一団は揃って今、先生の所に行く所だと言う。 そして用件はＯ君のそろばんの件だと言う。
その時の私達のクラスにＯ君という生徒が居た。 そしてこの頃に始まったそろばんの授業にそろばんを持って来ないで、この次には持ってくるように、と先生から何回か注意を受けていた。 それらの同級生に依れば、これは家が貧しいので彼がそろばんを買ってくれと親に言い出せないのだと言う。 確かに彼の父親はペンキ職人であったが、病気（中風？）の後遺症で仕事が出来ないでいたらしい。 そこで、この同級生たちは先生の所に行って事情を説明し、彼にそろばんを持ってこい、と皆の前で言わないで欲しい、と頼みに行くところだという。 私もすぐにその趣旨に賛成し、さっそく陳情団に加わって先生の所に行った。
先生は確か、二瓶先生であったと思う。 私達の説明を聞いて、すぐに解って下さった。 そして、君たちは僕が気が付かなかったことをよく教えてくれた、いいことをしてくれた、と褒めて下さり、先生がお金を出してそろばんを買い、Ｏ君に贈る、と言う解決策を出して下さった。 私達は先生からお金を預かり、学校の正門の前の一心堂に行ってそろばんを買い、先生に届けた。 先生は私達と一緒に誰も居ない教室に行き、「Ｏ君に贈る」というような文句を書いた紙を添えて、そろばんをＯ君の席の机の中に入れた。 その頃は、２人で１つの机で、机の表面の台を上に開くように開けてものを入れるようになっていた。
その後、Ｏ君がそのそろばんを見つけて、どうなったかは憶えていない。 しかしとにかく、それからはＯ君もそろばんの授業が何の支障もなく受けられるようになって、後で印象に残るようなことが起こらなかった、ということは確かだと思われる。
２
この時、先生の所に一緒に陳情に行ったことが機縁になって、その時の仲間が集まってグループを作り、しばらくの間、一緒に勉強したり、遊んだりした。 のちのちまでも親しくして頂いた岡崎君、内藤君、長瀬君などとも、その時のグループ作りから特に親しく遊ぶようになったような気がする。 となると、この出来事が私のその後に及ぼした影響はかなり大きかったということになる。 また一方では、その時に偶然、その場に居なかったので親しくなり損なった人も居ることになる。 そもそも同じクラスに入ったのも偶然であるが、縁とは奇妙なものだと思っている。