Ⅰ 始めに
１
「人類の繁栄は絶対善である」を一応の出発点として話を始める。 しかし、これは自明でも、証明できることでもなく、また繁栄の意味も必ずしも自明ではない。 ではあるが、このような前提をおかなければ議論が始まらないことも確かである。 少なくとも、この計画の実現に邁進するためには、「自然における人類の位置」を深く考え、たとえ自己満足であってもこのことに納得しておくことが重要であろう。
また、ここで「人類」というのは、生物種としてのヒト全体を指すとするが、これも自明ではなく、そうは考えない人々も存在すると考えられる。 例えば、ナチスドイツにおいては「ユダヤ人」は根絶すべき人間であったように見える。 また、多くの民族紛争は、少なくとも人類全体の繁栄という立場に立っていない所に起きるように見える。 「地球国家論」は全てのヒトは平等の価値をもつと考えるところから出発することを宣言する。
さらに進んで云えば、この地球上で「人類だけが繁栄する」ということはあり得ない。 他の動物、ないしは植物を含む全生物が繁栄する状況でなければ人類も繁栄出来ない。 もちろん人間は他の動物や植物のある程度の犠牲に依存せずには生存できない存在であるから、他の生物を一切殺さない生活は不可能であるが、人類は他の生物より優位な価値があるわけではなく、すべての生命はそれ自身同等な価値があることを認めねばならない。 その点、旧約聖書の創世記で神が自分が創造した男女に対し
『産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。 海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。』
と祝福したとの記述にはかなりの違和感を感じる。 その点、「一切衆生 悉有仏性」という仏教の思想に親しみがある。 いずれにしても、すべての生き物が繁栄するなかでの人類の繁栄を願うことが幸せに導く正しい生き方であると考える。
この有限の地球上で人類が「永遠に」幸福に繁栄するとすれば、それはそれで素晴らしいことである。 幸福に繁栄するというのは、個々の人間にかかわる事柄である。 この繁栄を目指すものが「地球基本計画」であり、その一部を、しかし極めて重要な一部をなすものが「地球国家」の創設である。
２
現在の世界はいわゆる主権国家に分割されており、そのために様々な弊害が生じている。 それらの弊害をなくし、世界を真に平和なものにするためには、世界政府、もしくは地球国家の創設が必要である。 もちろん世界には主権国家の弊害に帰することの出来ない問題も多々あるが、それらの解決のためにも地球国家の創設は極めて有益である。
しかし、その創設は一朝一夕には出来ないであろうが、その前段階として、世界が国家のエゴではなく、法による支配を行き渡らせることが重要である。 それも一度に法を完備することは望めないので、現実には出来るところから一つ一つ進めることが肝要になる。 そして、日本はまさにその役割を担うのにもっとも適した国である。 日本はその将来を見定め、道義を武器にして一つずつでもその方向に世界を向ける施策を進めるべきである。
｛憲法」は排他的絶対権を持つという「国家権力」の行動を縛り、国民の幸福を守り、促進するための手段である。 同様に、「国際法」ないし「国際条約」は優越的な力を持つ國の専横的行動を縛り、國の大小や軍事力・経済力などの要素により地球人の幸福に差がでることを防ぐための手段である。
地球上が主権国家の集まりである形を今すぐに変えることが難しいとすれば、汎地球的条約によって個々の主権国家の行動に縛りを掛け、次第に地球国家の構成へと進むことが、今すぐ実行できる現実的手段であるように思われる。 そのような汎地球的条約にはすでに人道的見地から主権国家の行動を縛るジュネーブ条約などのほかにも、海洋法に関する諸条約、宇宙法、南極条約などがあり、さらには現在進行中の話として「京都議定書」や「国際刑事裁判所」も大きな意味をもっている。
その際、日本がその政策の道義性を主張するもっとも大きな後ろ盾は平和憲法である。 そして「憲法第９条を護る」という受け身の消極的姿勢ではなく、それが日本を道義国家として国威を発揚するためのもっとも大きなな財産であることを国民一人一人が自覚し、それを世界に誇って積極的に活用することが望まれる。
しかし、平和憲法があるというだけでは日本が道義国家であるとの主張としては弱い。 日本が道義国家として活動出来るためには世界のすべての（国家のみならず）人々からそう認められる必要がある。 それには何事につけても国益よりも平和の世界を目指して行動し、正論を愚直に唱え、貫くことが肝要である。
ペシャワール会の経験は、たとえ武装勢力が力をもつ混乱した地域でも、そこの住民全部から信認されて行う事業は、武装勢力からも安全であることを示している。 これは非武装を貫く国家でも世界の人々の信認を得ている国家には無法国家も手を出せないことを示唆していると考えられる。
現在の世界は自由経済主義と同様な考えを国際政治の世界にも持ち込んで、各国がその国益の最大実現を追求すれば、政治市場に神の手が働いてうまくいく、みたいな思想で動いているように見える。 そして、日本においても軍隊を持って「普通の国」になることが国益にかなう、みたいな話に持っていこうとする勢力がかなりの力を持っている。 しかし、目先の国益より先に世界のあるべき姿を考え、世界をそこへ向かわせることを目指す「道義国家」を指向した方が、ずっと日本の真の国益にかない、日本人の誇りを高めることになる。 とくに「常設国連軍」の創設に尽力することは、憲法第９条を堅持したままで世界平和に寄与するもっとも優れた方策である。 というのはこれにより、戦力不保持と国の安全を守り、世界の平和に寄与することが同時に満たされるからである。
いずれにしても「道義国家」として国際的な評価を得て、地球国家の建設を主導することができれば、それは日本にとってもっとも国威を発揚する道である、ということをまずは多くの国民が納得することが話の始まりであると考える。 そしてこのような思想が国民に行き渡れば、國全体に高揚感が生まれ、目標の無さから生まれる若人のいらいらや非行も減るという良き副産物も生ずるであろう。
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